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レビュー

【書評・ブックレビュー】『ハーモニー』 伊藤計劃

御冷ミァハの幽霊と、零下堂キアンの無邪気さのあいだ。
そこでわたしは宙吊りになっている。

  西洋で発展してきた芸術や科学には、ある一定の「方向性」がある。一見複雑に見える事象にも、まだ人類が発見していない”ミッシングリンク”があるはずという推測のもと研究されていることも多い。確信めくほどに自明だと思われる「調和」は、人間の意識の憧憬であるのかもしれない。人の意識は、「調和」を求めている。逆に言えば、人間の不完全さが複雑さを生み、それに意味を見出すことが、意識の役割(生きる意味)であるようにも思われる。 続きを読む

【書評・ブックレビュー】 『砕け散るところを見せてあげる』 竹宮ゆゆこ

The ashes of my flesh and blood is the vast flowing galaxy

本書、『砕け散るところを見せてあげる』のタイトルの下に、この小さな文字で英文が記されている。作者によれば、「骨の私の血と肉は億千万の流れる銀河」というタイトル候補を英語にしたものであるという。”この中の一文字も削れないと思った” というこの言葉に作者の本作への思いが込められているのだろう。

「最後の一文、その意味をあなたが理解したとき、あなたは絶対、涙する。」という印象的な帯の言葉通り、ただこの物語を最後まで読み進めるだけでは、きっと理解に苦しむ部分が数多く出てくる。UFO、赤い嵐、「つまり、UFOが撃ち落とされたせいで死んだのは二人」。残されたこれらの様々な謎解き明かそうと、再び初めから読み返す。何度も何度もページをめくり、ようやく一つひとつの意味が繋がり始める頃には、もう、この物語からは抜け出せなくなっている。

ラノベを小説に引き上げる要素

『砕け散るところを見せてあげる』の著者、竹宮ゆゆこは、ライトノベルの電撃文庫から出版された「とらドラ!」、「ゴールデンタイム」などの作品で人気となりる。新潮文庫nexからは『知らない映画のサントラを聴く』に継ぎ二作目となる今回の作品では、ボーイ・ミーツ・ガール的なメインパートを持ちつつ、その前後のパートに大きな構造的な仕掛けが施されている。新潮文庫の創刊100年で贈る「今までの新潮文庫がカバーできていなかった「次」の領域」、「漫画やライトノベルの「次」に手に取れる小説へ」という新潮文庫nexの枠組みに相応しい一作となっている。秋には文春文庫から本作と兄弟のような作品であるという小説『あしたはひとりにしてくれ』が出版される予定になっている。

大学受験を控えた高校3年生の濱田清澄は、ある日、全校集会でいじめられている蔵本玻璃を助けようとするが、彼女の「ああああああぁぁぁ」という絶叫に拒絶されてしまう。それをきっかけに次第に打ち解けるようになる二人だが、玻璃は誰にも話すことのできない秘密を抱えていた。玻璃を襲うUFOの正体、UFOが撃ち落とされたせいで死んだ二人とは誰なのか。この事件を解決すべく現れたのは…。

ここからは誰の話?

この小説では、メインの物語部分を、冒頭の部分と、ラストの部分で挟み込む構造になっているが、冒頭とラストでは特に細かく、語り手の転換が行われている。意識しないで読むとこの上なく読みづらく、前後不覚に陥ってしまいそうになるが、これは作者の意図的な仕掛けである。そうして、読み込まなければ見えてこない部分も、メインの物語とは別のこの小説の面白さであり、読み手に”気づいて” もらいたいという作者の思いがあるのかもしれない。

一度読んで、ネタがバレれば読み捨てられる小説もあるなか、その楽しさで満足する読者を、構造的に物語の中に引き込んで、何度も読み返させるような仕掛けは斬新である。不覚にもこの小説を手にとった読者は、後悔しながらも、離れられなくなるはずである。

”イタい” くらいに突き動かされる衝動

UFOは、突如として大切な人をさらっていく。

大切な人を取り戻すためには、犠牲を伴うと分かっていてもUFOを撃ち落とさなければならない。

人はある瞬間に、居ても立ってもいられないくらいに、意味も分からないまま、誰かのために行動しなければならないという衝動に突き動かされるときがある。周りから見たら、”イタい” 人だと思われるかもしれないが、そんな判断が下る前に、もう身体は動き出す。

この物語の登場人物は、それぞれがそれぞれの立場で、そのような衝動に突き動かされるように行動していく。その想いが見せる光景は何か。なりふりかまわず砕け散っていき、最後の一文に繋がる。

【書評・ブックレビュー】 『コンビニ人間』 村田沙耶香

純粋に聞いているだけなのに、ミホの旦那さんが小さな声で、「やべえ」と呟くのが聞こえた。

他人を理解しようと思っているつもりでも、ほとんどの人は、どうすれば相手を自分の理解の範疇に収めることができるかということに苦心している。自分の世界にとって「異物」と見做したものに対しては考えることをやめ、うまく解釈しようとすることに努めることで、自分の世界の秩序を保とうとする。つまりは、思考や意味がそもそも存在しないものがシステムであり、そのシステムの中に意味を見出そうとするのが人間の本質なのである。

システム自体が潔癖で健全であればあるほど、その世界は確固たるものになり、やがて人はそこから抜け出せなくなる。それは、周りが見えなくなるとか、他人の意見に耳を貸さないとか、そういった類の現実逃避ではなく、純粋にごく自然の流れとしてそうなっているのかもしれない。

社会はある堅牢なシステムを得たときから、新しい部品を調達しながらそのシステムが何かしらの形で機能しなくなるまでずっと、その秩序を維持し続ける。その社会が壊れるまで、ずっと。

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【書評・ブックレビュー】 『憤死』 綿矢りさ

午後は昼寝と決まっていたから。

 人が大人へと成長していく過程には通過儀礼があり、それぞれの段階で欲求や衝動が満たされなかったり、葛藤が解消されなかったりすることで、その人固有の自我やコンプレックスが形成される。それらは、こだわりや嗜好となり、意識せずともその人の行動原理として働く。幼少期からのルールや習慣が大人になっても抜けないのはそのためであり、それが克服されたり昇華されたりすることで、人は精神的に成長していく。

 幼いころの記憶は曖昧で、あらゆることが新鮮で初めての経験であり、自我が形成される前までは、あらゆるものを受け入れたり、単純な衝動によって行動したりする。そんな中、「それはそういうものなのだ」と納得していったことが、 続きを読む

【書評・ブックレビュー】 『ソクラテスの弁明・クリトン』 プラトン

今この世から去れば、そなたは不正をこうむった人間として去ってゆくことになるだろう。しかしそれは我々法律による不正ではなく、人間によってなされた不正ということになるのだ。

 古代ギリシャの哲学者ソクラテスは、不正な告訴と裁判によって死刑を宣告された。牢獄で処刑を待つ彼を親友クリトンが訪ねた時、彼は擬人化した祖国アテナイの国法と自分自身との対話篇を作り上げ、それによって友に死を受け入れるべき理由を説いた。上記は、その対話篇の一部、国法が彼に対し、正義に殉じて死ぬべきことを諭す場面での台詞である。そこで説かれているのは、 続きを読む

【書評・ブックレビュー】 『トロッコ』 芥川龍之介

塵労につかれた彼の前には今でもやはりその時のように、薄暗い藪や坂のある道が細細と一すじ断続している。

 フランスの哲学者ジャネーによれば、「主観的に記憶される年月の長さは、年齢の逆数に比例する」という。子供のころの2週間ほどの体験は、当時の色彩が失われてもなお、その後の生涯において象徴的な意味を持つことがある。色が失われても、感情は残る。明確な引き金もなくふと思い出されるその記憶は、「今」と「これから」を暗示しているのかもしれない。

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【書評・ブックレビュー】 『きつねのはなし』 森見登美彦

この夏、死に向かって歩みながら、祖父は何を飲み続けたか。水だ。

 人は通常、相手を理解しようとするときには、その人の行動や言動の端々にその人の人物像を見出そうとする。そうして積み上げられたイメージは、見る人の想像力の範囲において無限に拡大されていく。人が他人を理解したいという衝動は、人が安心を求めているからなのかもしれない。そうして得た束の間の安心の中にその相手が別の表情を覗かせた瞬間に、 続きを読む

【書評・ブックレビュー】 『刺青』 谷崎潤一郎

其れはまだ人々が「愚」と云う貴い徳を持って居て、世の中が今のように激しく軋み合わない時分であった。

 いつの世も、いにしえの世に憧れを抱いている。より健康で、より賢明で、よりも寛容な、失われた人間本来の有様が、そこにはあった・・・・・・。実際、そんな理想郷はいつの時代にも存在しなかったが、それでいて、いつの時代にも戻るべき場所として求められ続けた。

 しかし、そこで我々が失った(とされる)ものは「健」「賢」「寛」ばかりではない。 続きを読む

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