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ブックレビュー

【書評・ブックレビュー】『ハーモニー』 伊藤計劃

御冷ミァハの幽霊と、零下堂キアンの無邪気さのあいだ。
そこでわたしは宙吊りになっている。

  西洋で発展してきた芸術や科学には、ある一定の「方向性」がある。一見複雑に見える事象にも、まだ人類が発見していない”ミッシングリンク”があるはずという推測のもと研究されていることも多い。確信めくほどに自明だと思われる「調和」は、人間の意識の憧憬であるのかもしれない。人の意識は、「調和」を求めている。逆に言えば、人間の不完全さが複雑さを生み、それに意味を見出すことが、意識の役割(生きる意味)であるようにも思われる。 続きを読む

【書評・ブックレビュー】『いま集合的無意識を、』 神林長平

「あなたは、ぼくの一部だ」

 様々な芸術の中でも小説は、言語を用いながら言語以上のものを表現するという特異な性質をもつ。フィクションという虚構を言語で作り上げ、それを様々な人が共通に認識できるからこそ意義がある。本来は、完成された作品には作者の意図も読者の解釈も必要がなく、その物語りがただ存在しているだけに過ぎない。文字で書かれなくてもよい。そういう不安定なものを文字に起こし、具現化する職人が小説家なのだろう。そういった本来の意味での小説家にとって最大の敵は、誤読である。

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【書評・ブックレビュー】 『砕け散るところを見せてあげる』 竹宮ゆゆこ

The ashes of my flesh and blood is the vast flowing galaxy

本書、『砕け散るところを見せてあげる』のタイトルの下に、この小さな文字で英文が記されている。作者によれば、「骨の私の血と肉は億千万の流れる銀河」というタイトル候補を英語にしたものであるという。”この中の一文字も削れないと思った” というこの言葉に作者の本作への思いが込められているのだろう。

「最後の一文、その意味をあなたが理解したとき、あなたは絶対、涙する。」という印象的な帯の言葉通り、ただこの物語を最後まで読み進めるだけでは、きっと理解に苦しむ部分が数多く出てくる。UFO、赤い嵐、「つまり、UFOが撃ち落とされたせいで死んだのは二人」。残されたこれらの様々な謎解き明かそうと、再び初めから読み返す。何度も何度もページをめくり、ようやく一つひとつの意味が繋がり始める頃には、もう、この物語からは抜け出せなくなっている。

ラノベを小説に引き上げる要素

『砕け散るところを見せてあげる』の著者、竹宮ゆゆこは、ライトノベルの電撃文庫から出版された「とらドラ!」、「ゴールデンタイム」などの作品で人気となりる。新潮文庫nexからは『知らない映画のサントラを聴く』に継ぎ二作目となる今回の作品では、ボーイ・ミーツ・ガール的なメインパートを持ちつつ、その前後のパートに大きな構造的な仕掛けが施されている。新潮文庫の創刊100年で贈る「今までの新潮文庫がカバーできていなかった「次」の領域」、「漫画やライトノベルの「次」に手に取れる小説へ」という新潮文庫nexの枠組みに相応しい一作となっている。秋には文春文庫から本作と兄弟のような作品であるという小説『あしたはひとりにしてくれ』が出版される予定になっている。

大学受験を控えた高校3年生の濱田清澄は、ある日、全校集会でいじめられている蔵本玻璃を助けようとするが、彼女の「ああああああぁぁぁ」という絶叫に拒絶されてしまう。それをきっかけに次第に打ち解けるようになる二人だが、玻璃は誰にも話すことのできない秘密を抱えていた。玻璃を襲うUFOの正体、UFOが撃ち落とされたせいで死んだ二人とは誰なのか。この事件を解決すべく現れたのは…。

ここからは誰の話?

この小説では、メインの物語部分を、冒頭の部分と、ラストの部分で挟み込む構造になっているが、冒頭とラストでは特に細かく、語り手の転換が行われている。意識しないで読むとこの上なく読みづらく、前後不覚に陥ってしまいそうになるが、これは作者の意図的な仕掛けである。そうして、読み込まなければ見えてこない部分も、メインの物語とは別のこの小説の面白さであり、読み手に”気づいて” もらいたいという作者の思いがあるのかもしれない。

一度読んで、ネタがバレれば読み捨てられる小説もあるなか、その楽しさで満足する読者を、構造的に物語の中に引き込んで、何度も読み返させるような仕掛けは斬新である。不覚にもこの小説を手にとった読者は、後悔しながらも、離れられなくなるはずである。

”イタい” くらいに突き動かされる衝動

UFOは、突如として大切な人をさらっていく。

大切な人を取り戻すためには、犠牲を伴うと分かっていてもUFOを撃ち落とさなければならない。

人はある瞬間に、居ても立ってもいられないくらいに、意味も分からないまま、誰かのために行動しなければならないという衝動に突き動かされるときがある。周りから見たら、”イタい” 人だと思われるかもしれないが、そんな判断が下る前に、もう身体は動き出す。

この物語の登場人物は、それぞれがそれぞれの立場で、そのような衝動に突き動かされるように行動していく。その想いが見せる光景は何か。なりふりかまわず砕け散っていき、最後の一文に繋がる。

【書評・ブックレビュー】 『コンビニ人間』 村田沙耶香

純粋に聞いているだけなのに、ミホの旦那さんが小さな声で、「やべえ」と呟くのが聞こえた。

他人を理解しようと思っているつもりでも、ほとんどの人は、どうすれば相手を自分の理解の範疇に収めることができるかということに苦心している。自分の世界にとって「異物」と見做したものに対しては考えることをやめ、うまく解釈しようとすることに努めることで、自分の世界の秩序を保とうとする。つまりは、思考や意味がそもそも存在しないものがシステムであり、そのシステムの中に意味を見出そうとするのが人間の本質なのである。

システム自体が潔癖で健全であればあるほど、その世界は確固たるものになり、やがて人はそこから抜け出せなくなる。それは、周りが見えなくなるとか、他人の意見に耳を貸さないとか、そういった類の現実逃避ではなく、純粋にごく自然の流れとしてそうなっているのかもしれない。

社会はある堅牢なシステムを得たときから、新しい部品を調達しながらそのシステムが何かしらの形で機能しなくなるまでずっと、その秩序を維持し続ける。その社会が壊れるまで、ずっと。

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【書評・ブックレビュー】 『メールストロムの旋渦』 エドガー・アラン・ポー

船は円周の広々とした、深さも巨大な、漏斗の内側の表面に、まるで魔法にでもかかったように、なかほどにかかっているように見え、その漏斗のまったくなめらかな面は、眼が眩むほどぐるぐるまわっていなかったなら、そしてまた、満月の光を反射して閃くもの凄い輝きを発していなかったら、黒檀とも見まがうほどでした。そして月の光は、さっきお話ししました雲のあいだの円い切れ目から、黒い水の壁に沿うて漲りあふれる金色の輝きとなって流れ出し、ずっと下の深淵のいちばん深い奥底までも射しているのです。

 小説の基本として、「見てきたような嘘をつく」ということがある。作者がリアリティ溢れる嘘を巧みにつきとおすことで、読者はまるで自分が本当にその場にいるかのように感じることができる。もちろん、当たり前すぎるくらい当たり前のことではある。しかし、 続きを読む

【書評・ブックレビュー】 『点鬼簿』 芥川龍之介

僕は墓参りを好んではいない。若もし忘れていられるとすれば、僕の両親や姉のことも忘れていたいと思っている。が、特にその日だけは肉体的に弱っていたせいか、春先の午後の日の光の中に黒ずんだ石塔を眺めながら、一体彼等三人の中では誰が幸福だったろうと考えたりした。

 「絆」という字が元々ポジティブな意味を持つわけではないが、「家族の絆」も必ずしも常に良い形でアウトプットされるわけではない。目には見えず、言葉では表せない、背後に通っている切っても切れない綱が、時には「きずな」となり、時には「ほだし」にもなる。 あるときをさかいに 続きを読む

【書評・ブックレビュー】 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』 マックス・ヴェーバー

「資本主義」は中国にも、インドにも、バビロンにも、また古代にも中世にも存在した。しかし、後に見るように、そうした「資本主義」にはいま述べたような独自のエートスが欠けていたのだ。

 何のために必要かを問わず、就職して勤労して蓄財することを当然と見なす意識は、最近の日本では退潮しつつある。ベーシック・インカムが導入されたり議論されたりする国も多いことを考えると、ある程度は先進諸国に共通する時代の流れと言えるかもしれない。

 では逆に、そうした意識がこれほどまでに普及した、その発端は何であったのか。 続きを読む

【書評・ブックレビュー】 『東京漂流』 藤原新也

だけど、「はかない」「やるせない」という漠然とした感情は、その人類の「絶対善」に異論を唱えるほどの説得力を持たない。そのことが、またやるせないのであった。

 善行は、行うことも難しければ、考えることも難しい。実行する者も、よほど気をつけなければ、自己本位の偽善に転落してしまうし、それを指摘する側も、よほど気をつけなければ、ただの悪口になってしまう。それゆえ、本人の心構えなど度外視し、実際にどれだけ役に立ったかで評価しがちな風潮も、ある程度までは理解できる。「やらない善より、やる偽善」というわけだ。しかし、これは 続きを読む

【書評・ブックレビュー】 『憤死』 綿矢りさ

午後は昼寝と決まっていたから。

 人が大人へと成長していく過程には通過儀礼があり、それぞれの段階で欲求や衝動が満たされなかったり、葛藤が解消されなかったりすることで、その人固有の自我やコンプレックスが形成される。それらは、こだわりや嗜好となり、意識せずともその人の行動原理として働く。幼少期からのルールや習慣が大人になっても抜けないのはそのためであり、それが克服されたり昇華されたりすることで、人は精神的に成長していく。

 幼いころの記憶は曖昧で、あらゆることが新鮮で初めての経験であり、自我が形成される前までは、あらゆるものを受け入れたり、単純な衝動によって行動したりする。そんな中、「それはそういうものなのだ」と納得していったことが、 続きを読む

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