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【書評・ブックレビュー】 『ソクラテスの弁明・クリトン』 プラトン

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今この世から去れば、そなたは不正をこうむった人間として去ってゆくことになるだろう。しかしそれは我々法律による不正ではなく、人間によってなされた不正ということになるのだ。

 古代ギリシャの哲学者ソクラテスは、不正な告訴と裁判によって死刑を宣告された。牢獄で処刑を待つ彼を親友クリトンが訪ねた時、彼は擬人化した祖国アテナイの国法と自分自身との対話篇を作り上げ、それによって友に死を受け入れるべき理由を説いた。上記は、その対話篇の一部、国法が彼に対し、正義に殉じて死ぬべきことを諭す場面での台詞である。そこで説かれているのは、不正に対して不正で報いることはできないということ、そして、不正によって生き長らえるより正義を貫いて死ぬべきということである。

 

正義を貫き、死を受け入れた哲学者

 本書は、自身の裁判におけるソクラテスの弁論を描いた「ソクラテスの弁明」と、投獄されたソクラテスをクリトンが訪ねて亡命を勧める「クリトン」の、2つの文章から成っている。ソクラテスの弟子プラトンは、前者については一部を除いてソクラテス自身の演説として書き、後者についてはソクラテスと友人クリトンとの対話として書いている。刑死後の哲学者どうしの対話としてプラトンの自説を述べた対話篇「パイドン」が併録されることもある。

 ソクラテスは、知者として知られる人々の無知を暴き、自らの信ずる「無知の知」を真実として唱えたことで、多くの人に憎まれてしまった。さらに、その弟子と見なされた者がアテナイへの反逆者として名指しされるに至り、その師と見なされたソクラテスもまた、青年を堕落させ、国家の神々を信じなかった罪で、訴追されるに至った。無能な詩人によって起こされた告訴に、有力な政治家・弁論家が加わることで、ソクラテスは僅差で有罪判決を受けてしまった。さらに、その後の弁論が裁判官(数百人規模の民衆)の反感を招いたことで、今度は大差で死刑判決を受けてしまう。それでもソクラテスは動じず、死を恐れない理由を述べ、自身の危機においてすら信念を曲げないことを告げて、自ら死の宣告を受け入れる。 「かくて今、私は諸君から死罪を宣告されて、しかし彼らは真理から賎劣と不正との罪を宣告されて、ここを退場する。私はこの判定に従おう、が彼らもまたそうせねばならぬ。」

 その後、死を控えたソクラテスの牢獄に、クリトンが脱獄と亡命を勧めにやって来た。しかしソクラテスはクリトンの申し出を拒む。自分は合法的に亡命することができたのに、それを望まずアテナイに留まったわけだから、国法の支配下に留まるという契約を今になって破ることはできないというのだ。クリトンは説明を受け入れて、悲しみのうちにソクラテスの元を去っていった。

 

「悪法もまた法なり」ではない

 ソクラテスの国家観・法律観は、現代では受け入れられない部分も見受けられる。例えば、国家が個人を産み育てたのだから、国家と個人は対等ではなく、国家への反逆は親への反逆と同等の重罪だといった部分である。

 だが少なくとも、それは国法に無批判に従うことを是とするものではない。この点で、一般によく言われる「悪法もまた法なり」などというニヒリズムは、決して彼自身の言葉ではありえない。そう信ずる根拠は3つある。

 第1に、ソクラテスはアテナイの国法を批判してはいない。彼が批判したのは、彼を裁いた法律が間違っているということではなく、彼に対する告訴が虚偽のものであり、それが権力者の後ろ盾を得ることで力を持ってしまったことである。冒頭に挙げた文句でも、彼は法の不正によって死ぬのではなく、人の不正によって死ぬのだということを理解している。

 第2に、ソクラテスは国法に対する意義申し立ての権利を認めている。今日の民主制と同様に、当時のアテナイにおける民主制でも、法が不正義だと見なすなら、それが間違っていることを国家に対して説得することができた。実際、ソクラテスの作り上げた対話篇の中で、国法は彼にこう言っている。「我々はそなたたちに、乱暴な仕方で命令しているのではないぞ。我々はそなたに、我々に従うか、そうでなければ説得するかしてほしいのだ。そなたはどちらもやっていないのだぞ。」

 第3に、ソクラテスは自分が合法的に亡命できたことを知っている。そして、その機会があったのに使わなかったことで、彼はアテナイ国法の範囲内で裁かれることを受け入れたのであり、都合が悪くなった今になってその契約に反することを不正と見なしたのである。

 ソクラテスにとっては、アテナイから出るのであれば、他の国家への亡命というのが最も容易な選択肢であっただろう。しかし、彼の時代のギリシャでは、新しい国家を建国したり、既存の国家が外地に植民都市を築いたりすることは、禁止されていなかった。むしろ、最大の名誉とさえ見なされる行動であった。つまり、自国の法律だから、あるいは、他国の法律よりマシだからといった理由で、意に沿わぬ法律に従わなければならない理由など何もなかったのである。

 「悪法もまた法なり」などという奴隷道徳はむしろ、地球上すべての土地が国家に分割され尽くし、建国や独立の可能性が殆ど残されていない現代におけるものである。そして、当時のソクラテスの言動は、国法に諾々と従うことではなく、むしろ勇気を持って自身の正義を貫くべきことを、今日の我々に教えている。

 

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