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【書評・ブックレビュー】『いま集合的無意識を、』 神林長平

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「あなたは、ぼくの一部だ」

 様々な芸術の中でも小説は、言語を用いながら言語以上のものを表現するという特異な性質をもつ。フィクションという虚構を言語で作り上げ、それを様々な人が共通に認識できるからこそ意義がある。本来は、完成された作品には作者の意図も読者の解釈も必要がなく、その物語りがただ存在しているだけに過ぎない。文字で書かれなくてもよい。そういう不安定なものを文字に起こし、具現化する職人が小説家なのだろう。そういった本来の意味での小説家にとって最大の敵は、誤読である。

フィクションの力

 この作品は、『ぼくの、マシン』『切り落とし』『ウィスカー』『自・我・象』『かくも無数の悲鳴』『いま集合的無意識を、』の全5篇からなる短編集となっている。「SF作家第三世代」を代表する神林長平は、この短編集の表題作である『いま集合的無意識を、』で、2009年3月に早逝した作家伊藤計劃の3つの作品を紐解き、架空の伊藤計劃と対話する形で、彼が遺した『虐殺器官』と『ハーモニー』で提示した問い(呪詛)に対して、一つのアンサーを与える。そこには、物語りを書き続けるという行為によってのみ抗うことができる”言葉使い師”としての神林長平の覚悟と矜持が綴られている。

 心理学者カール・グスタフ・ユングが提唱した「集合的無意識」は、人の無意識の深層に、神話や物語りなどにみられる個人の経験を超えた普遍的な元型となるものが存在する領域がある、という概念である。ユングによれば、人の創造的な活動は、顕在意識と潜在意識を双方向に行き来し、相反するものを融合させることによって、新しいものを生みだしていくと考えられている。世界中の古典的な神話や民話、宗教などにみられる共通の性質をもつものや、しばしば多くの芸術作品のテーマとして採用されるなど、芸術が表現するそのものに、この「集合的無意識」に存在するものが表現されている。つまり、”言葉では表せない何か”がこの領域には存在しているということである。

 Twitterなどに代表されるソーシャルなネットワークが「集合的無意識」という虚構を顕在化させ、実際にリアルな世界へと影響を及ぼすようになってきたことが、世界の終焉へと導くという危機感を、神林長平は3.11を経験した作家として切実な問題と捉えている。個人の意識が喪失してもなお、圧倒的なシステムが存続させる世界には、人類にとってどのような意味があるのか。その問題をフィクションの力で提示したのが伊藤計劃であり、その問題に対抗しえるフィクションの力で立ち向かおうとしているのが、神林長平である。

人類が想像力を失った世界

 ネットワークは、コンピュータのシステムに依存する。個人を一つのノード(クライアント)とみれば、ネットにアクセスできる全人類の順列組み合わせだけの情報の伝達が可能になる。そして、その世界では、個人は平等に一つのクライアントとしての価値を有する代わりに、個人としての価値を喪失する。

 進化論(ダーウィニズム)が正しければ、人類の営みも、自然が生み出したバリエーションの一つに過ぎない。そんな圧倒的なリアリティの前に無力であることを知らしめられた3.11に、伊藤計劃は”知能と意識の次”を提示することなく、もう既にこの世を去っていた。『虐殺器官』と『ハーモニー』で、人類の意識の行く末を悲観的に描いた伊藤計劃にこそ、そのリアリティを目の当たりにした後に彼が何を描くのかを見てみたかったというのは、彼のファンの誰しもの願いかもしれない。そういった意味でも、一人の強力な想像力を失った世界に残された作家を含め芸術家は、世界を次のステージへと導く物語りを作り続けなければならない。

神の不在に世界の物語を導く者

 近年よく、「読者の解釈の仕方は自由だ」「いろんな読まれかたをされるから面白い」といった意見を見聞きする。作家や出版社で働く人や読者も、読書は所詮趣味であるという前提のもと共通の趣味嗜好に依存したコミュニティーに細分化し、かろうじてネットワークを築いている。しかし、自由と多様性を誤解してはならない。そう言った意味で、紙媒体にこだわる人たちにとっても、紙面に書かれている情報がデジタライズされ処理されていくという現象を当たり前の行為として受け入れていくことは非常に危険だ。現代では、誤読された情報ですら自然淘汰されず、ある種のリアリティを帯びて世界に一瞬で拡散していく。想像力を失った世界も、想像力に満ち溢れ過ぎた世界も、どちらも危険なのである。

 神林長平はこれを、”暴走する意識”と呼び、人類はこのフィクションをコントロールする術を持たないことに言及している。人類の集合的無意識を顕在化するテクノロジーで描かれる人類の意識=物語りを、世界に対して正常に機能させるための、伊藤計劃の”呪い”から人類を解き放つための彼なりの答えが、今後の作品で示されることを期待したい。

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